国家公務員としてのキャリアを離れ、「行政書士いとうようこオフィス」を開業してから、1年となりました。今回は、個人事業主としての等身大の歩みを振り返り、開業までの経緯や試行錯誤について記録しておきたいと思います。

退職から開業まで ~生涯現役を見据えた決断と、事業のコアづくり~

生涯現役を見据えた早期退職

私が早期退職を決意したのは、「生涯現役で働き続けたい」という思いからでした。2、3年おきに地方勤務を繰り返すキャリアの中で、定年間際での転勤の可能性や、65歳以降の仕事の確保について現実的に考えるようになりました。少なくとも75歳までは社会と関わり、自らの足で立って仕事をしていきたい。そのためには、60歳の役職定年を迎える前に行動を起こし、独立した仕事を軌道に乗せておく必要があると判断したのです。

独立に当たり選んだのは「行政書士」の道でした。実は就職前に資格を取得しており、これまでの行政経験が少なからず活かせるのではないかと考えたからです。退職時の挨拶では、「北海道大学CoSTEPで学んだサイエンスライティングのスキルを活かし、科学技術コミュニケーターのひよことして発信していくこと」、そして「7月までには無職を脱し、何らかの肩書をつけて仕事を始めること」を宣言しました。

差別化の壁と「URED」の誕生

宣言を実現すべく、まずは事業の基盤づくりに着手しました。当初は自宅開業も考えましたが、信用面や安全面を考慮して都心にオフィスを構えることにしました。結果的に、大学関係者や科学技術行政に携わる方々が多く集まる「市ヶ谷」を拠点としたことは大正解でした。

新しいオフィスでは、開業同期の行政書士の方々と交流する機会にも恵まれました。しかし、ここで一つの現実に直面します。一般的な法務業務(遺言や入管業務など)だけでは、数多いる行政書士の中で埋もれてしまい、差別化が極めて難しいということです。 「自分の強みはどこにあるのか?」、「どう発信すべきか?」。多くの方にお話を伺い、悩み抜いた結果、やはり長年にわたる文部科学省での高等教育行政の経験を武器にするしかないと腹を括りました。

方向性を決める後押しとなったのは、北大CoSTEPの先生からの「名刺交換で『これって何ですか?』と会話が生まれるような、突飛な肩書をつけると良い」というアドバイスです。そこで、元職場でお世話になった先輩との相談会(飲み会)を開いていただき、その席で誕生したのが「URED(ユニバーシティ・リ・デザイン)コーディネーター」という肩書でした。現在のオフィスのキラーコンテンツである「大学のリ・デザインをサポートします」というコンセプトも、このプロセスの中で明確になりました。

「行政書士いとうようこオフィス」の船出

行政書士登録の手続きが混み合う時期と重なったため、開業日は宣言通りギリギリの「7月1日」となりました。

事務所名をつける際、私の氏名はごくありふれたものであるため迷いましたが、代表者の顔が見えるよう名前を冠することにしました。役所時代、職場に女性が少なかったこともあり、私は先輩からも後輩からも長い間フルネームで呼ばれていました。かつての職場の皆様が私のことをふと思い出してくださるよう、その呼び名を逆手にとってひらがなとし、「行政書士いとうようこオフィス」と名付けました。

開業に当たっての広報について ~ホームページ作成のリアルな壁と手探りの発信~

事業の方向性が固まる一方で、並行して時間と労力を費やしたのが「広報ツール」の制作です。行政書士としてゼロからホームページ作成やブログ運用に挑んだ際の、リアルな試行錯誤について振り返ります。

最初の壁「発信」と、ブログ運用のスタート

前職が公務員であったため、「自らをアピールし、強みを発信する」という経験はこれまで皆無でした。しかし、個人事業主として開業する以上、発信は避けて通れません。そこで、退職してすぐ真っ先に手を付けたのが「ブログ運用」の開始でした。

独立に向けたインターネット上のインフラとして、まずは安定性と信頼性を重視して「エックスサーバー 」を契約し、「itoyoko.net」の独自ドメインを取得しました。

併せてWordPressテーマ(XWRITE)も導入し、テキストベースの手探り状態ながらも、退職前の修了式で約束した通り、記事の発信をスタートさせました。

後に本格的なホームページ作成で大きな壁にぶつかることになりますが、とにかくサーバー周りの基礎固めをして、自らの発信基盤を動かし始めたことは一つの大きな前進でした。

泥臭い試行錯誤の連続だった紙媒体の制作

また、創業にあたっては「TOKYO創業ステーション」が主催するホームページ作成やCanvaの講座などを積極的に受講しました。

講座で得たスキルを活かし、名刺やリーフレットの基本デザインは全て自分で制作することができましたが、実際に形にしていく過程は失敗の連続でした。駅の出口番号を間違えて記載してしまったり、印刷したQRコードが読み込めなかったりと、何度も印刷し直しや切り貼りを繰り返しました。それを封入する封筒も自ら印刷をしましたが、印刷方向を間違えたりずれたりを繰り返しました。

決してスマートな立ち上げではありませんでしたが、事業を一から創り上げる上での、苦くも意味のある経験だったと感じています。

ホームページ作成で直面した壁と、プロの伴走

最も大きな壁にぶつかったのは、事務所のホームページの立ち上げです。 先行してブログ運用は始めていたものの、テキストベタ打ちの状態であり、事務所の顔としては不十分でした。WordPressの教本を読んで自力での構築を試みましたが、先に出来上がっていたブログ用のページ構造から、いかにして「事務所のホームページ」へと作り変えるかが分からず、ギブアップ寸前の状態に陥りました。

開業日が迫る中、TOKYO創業ステーションの講座で講師を務められていたCatalystの椎葉さんに助けを求めました。利用したのは「1日集中プラン(一緒に作る伴走プラン)」です。朝から夕方まで一緒に作業を進めていただき、私がつまずいていた箇所を的確にサポートしていただいたおかげで、無事に7月1日の行政書士開業に合わせてホームページを完成させることができました。事後のフォローでSEO対策も一緒に講じていただき、現在の発信の土台となっています。(※当時の制作の様子は、Catalyst様の事例報告でもご紹介いただいています。

発信環境が整い、SNSも「顔出し・本名」へ

基盤となるホームページが完成した後は、WordPressテーマ(XWRITE)も徐々に使いこなせるようになり、ベタ打ちだった過去のブログ記事も読みやすく整え直すことができました。

同時に、SNSへの向き合い方も大きく変えました。X(旧Twitter)は以前から長く利用しており、これまでは匿名で自由に発信をしていましたが、開業を機に「顔出し・本名」での業務発信へと切り替えました。行政書士として責任を持った情報発信に向き合っていくための重要な決断でした。

新たな「変化」と「つながり」

思いがけない再会と、確かなご縁

開業して驚きとともに嬉しかったことは、かつてお世話になった職場の先輩方や同僚が、気にかけて事務所を訪ねてくださったことです。不思議なことに、直属の上司ではなかった幹部クラスの先輩方が声をかけてくださる機会も多く、身の引き締まる思いがしました。 また、過去の仕事や勉強会等でご一緒した多くの私学関係者の方々も足を運んでくださり、そこから実際の行政書士業務へと繋がるご縁も生まれました。

淡々と活動を続ける中で、これまでの人間関係が新たな形で結びつき直しているのを感じています。

行政書士としてのコミュニティ参画と広がる世界

この1年は、専門家としての足場固めとコミュニティへの参画にも注力しました。昨年10月には申請取次行政書士としての業務を開始し、3月には著作権相談員として登録されました。

所属する東京都行政書士会千代田支部の活動にも積極的に参加しています。法教育委員会の麹町小学校での出前授業にも参画したほか、支部主催のバス旅行や東京都行政書士会の同好会などにも積極的に参加し、多くの先輩や開業同期の先生方と直接お会いして交流を深めることができました。

東京都行政書士会などのリアルな研修会にも数多く足を運びました。特にAIに関する研修では、最新の技術を学び、現在では日々の業務に欠かせないツールとして実務への活用にしっかりと向き合っています。

こうした活動の広がりの中で、開業前には想像していなかった新しい世界への扉が開かれました。

約束を果たし続けるサイエンスライティングとブログ発信

もう一つ、この1年でこだわりを持って継続してきたのが「ブログの発信」です。

退職前の北海道大学CoSTEP修了式で「サイエンスコミュニケーションの記事をブログとして書き続けていく」と宣言した通り、本業の傍らでサイエンスライティングの実践を続けてまいりました。

具体的には、「ミッション∞インフィニティ展@東京都現代美術館」、「極域科学の過去・現在・未来」、「震災時の情報伝達」、あるいは首都圏外郭放水路のような「都市を守る地下神殿」といったテーマを取り上げ、サイエンスコミュニケーションの視点から記事を書き、淡々と発信し続けています。 こうしたブログでの発信は、私自身の伝える力を鍛える場となっているだけでなく、サイトを訪れてくださる方々に「私がどのような視点で物事を捉えているか」を知っていただく大切なツールにもなっています。

ミッション∞インフィニティ展
のリキッドユニバース

専門誌での連載と、国家資格者としての責任

日々の発信を続ける中で一つの大きな転機となったのが、特定非営利活動法人学校経理研究会が発行する専門誌『学校法人』での連載です。

本年4月号より「新任学校法人役員への『招待状』と『覚悟』」というテーマで3回の連載枠をいただき、これを機にホームページへのアクセス数も大きく伸びました。

私自身の業務への向き合い方も変化しました。開業当初は教育コンサルタントとしての業務も行っていましたが、今年の4月以降は、すべての業務を「行政書士としての顧問契約」に切り替えました。これは、国家資格者として責任を持って業務を行うことこそが、お客様からの高い信用にお応えする道であると判断したためです。

『学校法人』2026年4月号表紙:伊東陽子の連載記事

2年目を迎えるにあたって ~静かな決意と等身大の視点~

「独立」の浸透と、行政書士としての静かな決意

手探りで始まった日々でしたが、専門誌での連載などの機会にも恵まれ、この1年で「行政書士として独立した」という事実が、少しずつ周囲に浸透してきたことを実感しています。おかげさまで、ご依頼いただくお仕事も順調に動き出してまいりました。

2年目を迎えるにあたり、私の中で明確に定めた方針があります。それは、法律上お受けできない業務を除き、原則としてすべての案件を「行政書士」の資格と責任においてお受けするということです。教育コンサルタントとしての顔も持ち合わせてはいますが、国家資格者としての看板を背負い、その重みと高い信用に真っ直ぐにお応えしていくことが、今後のオフィス運営の軸になると考えています。

究極の裁量労働制が、自らの健康の維持に

働き方や生活の面でも、この1年で大きな変化がありました。

霞が関の慌ただしい環境から離れ、現在は自身の裁量でスケジュールを管理し、健康に留意しながら業務に向き合っています。心身共に無理のないペースで日々の仕事に取り組めるようになり、体が随分と楽になっていることを実感しています。

長く質の高いサービスを提供し続けるためにも、自己管理は個人事業主にとって不可欠な要素だと痛感する日々です。

等身大の歩みでこれからも

行政書士としては、まだ1年の「ひよっこ」に過ぎません。

しかし、テキストのベタ打ちから始まったブログ運用、そして試行錯誤の末に立ち上げたホームページ作成など、ゼロから基盤を築き上げたこの開業1年目のリアルな苦労は、間違いなく今の私の糧となっています。

これからも健康を第一に、いただいたそれぞれのお仕事に誠実に向き合い、みなさまから継続してご依頼いただけるよう、等身大の努力を重ねてまいります。 これからも「行政書士いとうようこオフィス」をどうぞよろしくお願いいたします。

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