政府が2026年7月21日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針 2026(骨太の方針)」。 国家の産業政策に直結した抜本的な大学改革が求められる中、私は「教育・人材育成等を通じ、経済力の基盤となる人材力を強化する」(本文P.1)という一文に注目したいと思います。
記載されている内容はどれももっともだと思いますが、新たな改革には必ず「痛み」が伴います。大学のリ・デザインを提唱する立場から、この裏に潜む「現場の懸念点」について考えてみたいと思います。
理系定員5割がもたらす「学費負担増」と「経営の壁」
本方針では、2040年に向けたKPIとして大学の「理工農・デジタル・保健系の定員を5割に」という理系シフトの断行が明記されています(政策ファイル)。他方、「人社系のダウンサイジング」(本文P.33)にも言及があります。
しかし、双方の学部を比較しますと、理系の学部は構造的に高コストです。
- 学納金の比較(文科系:約121万円/理科系:約160万円)
- 標準設置経費の比較(文系:約8.1億円/理系:約23.7億円) (収容定員が800人未満の場合)
出所:令和7年度私立大学入学者に係る初年度学生納付金等平均額(定員1人当たり)
出所:学校法人の寄附行為及び寄附行為の変更の認可に関する審査基準(令和10年度開設審査以降)
人社系の学問が不要とは思えませんが、仮に文系中心の私立大学が無理に理系を新設しても、高額な設備更新費や人件費を賄い「自走」し、安定した経営とするには資金と困難が伴います。体力のある大学であれば可能であるのかもしれません。
いずれにせよ、その結果として、高額な学費となって保護者の負担に跳ね返る懸念があることは忘れてはなりません。
奨学金が奪うかもしれない若者の「職業選択の自由」
私立大学の理系学部では学納金そのものが高額であり、多くの学生が貸与型奨学金を利用しています。独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の貸与型奨学金は、貸与総額に応じて返還期間が設定されています。
大学卒業後も15年前後にわたり返還が続くことは珍しくなく、貸与額によっては20年間返還するケースもあります。
このように、卒業後も長期間返還が続くことを考えると、学生が就職先を選ぶ際に、仕事内容だけでなく給与水準や将来の返済負担を考慮することは、ごく自然なことと言えるでしょう。
国策による理系シフトが、若者の夢を断つ足かせにならないことを願ってやみません。
撤退圧力とキャンパス「無償譲渡・居抜き」は現実化するのか
政府は「高等教育の分野・地域のリバランス」を求め、高等教育の「規模適正化と地域を支える人材育成のため、大学の経営体力がある段階での撤退」(本文P.33)を促す強力なメッセージを出しました。一方で、政府は「新たな研究大学群に係る制度新設」(本文P.7)を予定しています。
これらを見比べると、ある懸念が頭をよぎります。現在、少子化等で廃校となる学校が増えています。
下記は一例ですが、学校種は様々です。
『埼玉の看護専門学校、44校のうち14校が閉校見込み 看護師志望者の減少や大学進学志向で募集停止相次ぐ 秩父唯一の看護専門学校も閉校決定 現場は「地域医療崩壊の危機」と警鐘』(2026年7月20日埼玉新聞)
これらの文教施設が、別の学校法人などに「居抜き」で再利用されるケースは全国で増えています。その背景には、「校舎を解体・処分する資金も人員も割けないため、設備ごと無償で譲り渡す(タダで手放す)」というシビアな現実さえあります。
今後はこれが「国策」として、高等教育の舞台でも加速していくのかもしれません。資金難で撤退を余儀なくされた大学のキャンパスやインフラを、国から集中支援を受ける「強い大学」が事実上の居抜きとして安価(あるいは無償)で吸収し、自らの規模を大きくしていくケースも出てくるのではないでしょうか。
「機能強化」(本文P.32-33)という言葉の裏で、こうしたキャンパスの弱肉強食の再編が進んでいく未来に、マンモス校に通った者としては、寂しさと若干の危惧を抱かずにはいられません。
リスキリング人口60万人は現実的?
社会人の学び直しについて、2030年に向け「大学、専門学校等におけるリ・スキリング人口10万人→60万人/年」という野心的なKPIが掲げられました。(政策ファイル、経済・財政一体改革推進委員会 経済社会の活力WG2026年4月23日資料1-2)
私も仕事をしながら学んだ経験者ですが、リスキリングを続けるのは並大抵のことではありません。やる気や体力、資金力に加え、職場や家庭の理解が不可欠です。そして何より、学んだ成果が給与や処遇に反映(評価)されなければ、いくら国が旗を振っても施策は進まないでしょう。
2030年までの「第1期」をどう生き抜くか
「骨太の方針2026」は、2030年までを「機能強化」の第1期と定め(本文P.32-33)、官民合わせて180兆円に及ぶ研究開発投資が注ぎ込まれます(本文P.33脚注「令和12年度までの研究開発投資目標」)。
大学経営層にとっては「再編か、機能強化か」の決断を迫られるデッドラインです。
そして学生や保護者にとっても、教育が「国家戦略への投資」としてシビアに扱われる現実を理解し、進路を選択する時代になると言えるのかもしれません。
